クマンドのバックパッカー日記

クマンドが海外旅行や国際情勢について書くブログ。

パレスチナ編 ラマラ アラファト博物館

 ※この記事は2月旅行時点での情報です。

目的地はパレスチナの暫定首都であるラマラ。暫定首都と言うのも、本来パレスチナが主張している東エルサレムイスラエルが実行支配しているからだ。

 

昨年の11月にオープンしたばかりのアラファト博物館があると聞き、エルサレムからラマラへ向かう。

 

 東エルサレムのダマスカス門北にあるバスステーション(通称アラブバスステーション)からパレスチナ各地へバスが運行している。

 

行き先表示がアラビア語の他に英語表記もされているのため旅行者でも分かりやすい。

 

 

 

エルサレムからラマラまでは7.3シェケル(220円)と安い。

バスは人数が集まり次第発車する方式で10分もしない内にバスは満員になった。

バスに乗りながら道路を見ていて分かった事だが、パレスチナ領内でも黄色のイスラエルナンバー車が何事もなく走っている。

 

パレスチナイスラエル人なのか、ユダヤ人入植者なのか区別が付かない。

しばらく幹線道路を進んで行くとカランディア検問所と言う場所がある。

 

ランディア検問所の付近には難民キャンプがあり、度々パレスチナ住民とイスラエル兵が衝突する場所になっている。

 

前日、この付近で射殺事件が起きたばかりだったため、バスで通過する際緊張した。

 

検問所を抜けると分離壁アートが見える。

 

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ランディア分離壁アート。ベツレヘムのアートに比べると寂しい。

 

分離壁を通り過ぎ、ラマラヘ入るとパレスチナ国旗をかかげている建物が見え始める。

 

バスを降りて博物館方面へ向かっていると通りすがりの人たちに「パレスチナにようこそ!」と声をかけられる。

 

この時ばかりでなく、ラマラ滞在中は何度も声をかけられたので嬉しかった。

一人旅だとなおさらだ。

 

アラファト博物館に入場するためにはクロークに荷物を預けなければならない。

帰る時は、荷物を預けたときに貰った番号札をクロークに返す仕組みだ。

 

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アラファト議長の墓とパレスチナ兵。

 

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アラファト博物館外観。

 

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アラファト議長の絵画。

 

受付で入場料5シェケル(150円)を払い、英語ガイドも一部可能。

 

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タッチパネル方式のスクリーンでエルサレムの歴史を解説してもらえる。

 

タッチパネルスクリーンで歴史を解説を聞いた後は、館内の展示を時系列毎に見学できる。

 

アラファト博物館とは名付けられているものの、時系列の中頃まではラファトのの字も出て来ない。(※個人の偏見です)

 

展示を見ると、パレスチナイスラエル間の問題だけでなく、他の中東諸国や欧米の歴史背景もわかる。

 

 

 途中で注意されるまで気がつかなかったが、館内は一部撮影禁止で一部フラッシュなし撮影OKだったため、写真が撮れた分だけ載せてみる。

 

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テオドール・ヘルツルはバーゼルで開かれたシオニスト会議でイスラエル建国の計画を立てていた。

 

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中東問題の原因となったイギリスの三枚舌外交。 パレスチナイスラエルを裏切り、中東を分割しようとしていた。

 

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ユダヤ系大富豪ロスチャイルド卿へ送られた手紙。

 

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ベルサイユ条約によってドイツは屈辱的 な扱いを受けた。

 

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エルサレムの最高級ホテルキングデイヴィッドで、爆破テロ事件が起きた。 その後テロ事件の首謀者は、イスラエルの首相になった。

 

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パレスチナ解放機構PLO)を構成する組織。PFLPはテルアビブ空港乱射事件で有名になった日本赤軍と連携していた。

 

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アイン・ルンマーネ事件によってレバノン内戦が始まった。

 

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 レバノン内戦でパレスチナ解放機構PLO)は進歩社会党やフランジーヤ家と連携していた。

 

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レバノン内戦でイスラエル極左や極右民兵組織と連携していた。  

 

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パレスチナの詩人マフムード・ダルヴィーシュの詩 やり切れない思いが伝わってくる。

 

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保守強硬派組織ハマスの指導者だったヤシン師。 イスラエル軍空爆で 2004年に亡くなった。

 

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イスラエル諜報機関に暗殺された黒い九月のメンバー達。

 

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アラファト議長が使っていたメガネ。

 

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キャンプデイヴィッド会談でイスラエル・エジプト間の和平が成立した。

 

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ラマラ議長府にイスラエル軍が侵攻した時に、外国人ジャーナリストが使っていた部屋らしい。

 

日本では関心の少ない中東問題について取り扱ったアラファト博物館。

 

中東問題についての知識を増やすために必ず訪れておきたい。